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料理人の手記 3

退院できるようになることを願いながら、奈良に戻ると。
里香さんが言った。

「お正月には一緒に(札幌に)行こう。私も介護とか手伝いたいし」
介護でお節料理なんか作っていられないという母親のために
お節を何品も用意してタッパーに詰め、飛行機に乗った。
父親も母親も「暗い雰囲気のお正月になるかと思ってたけど
思いもかけずに楽しい正月になった」と喜んでくれた。

ただ僕たちのお正月とは無関係に、おばあちゃんの容態は悪くなっていて
起き上がることもできず、鼻からチューブが通されて
ほとんど話すこともできなくなっていた。

ある時母親が病室を離れた時におばあちゃんが突然こう言った。
「おじいちゃん…めんきょしょ…」
おじいちゃんの免許証。
その場にいた誰もが何を言いたいのか解らなかったのだけれど
病室に戻った母親にそれを伝えると、何かを決意した顔になり黙ってうなずいた。

病院からの帰り道、そのことを聞くと
「おじいちゃんが亡くなった時におじいちゃんの免許証をお棺に入れてあげるのを
忘れたから、私が(おじいちゃんに)会いに行く時に直接渡すから
持って来てくれって言うのサ」と言って泣いた。
「でも、お母さんは仕事辞めてから、おばあちゃんとじっくりと
一緒の時間を過ごせたから…」
僕はたまらなくなって母親の手を取り、強く握りしめながら黙って歩いた。
口を開くと僕まで泣いてしまいそうになっていたから。
母親の「覚悟」が揺らいでしまわないように。

その晩、だったと思う。
病院から電話連絡が入り、家族の方に来てもらいたいという。
吐きそうなくらい動悸が高鳴りながら、僕達は病院に向かった。

病室に入るとおばあちゃんは酸素呼吸器をされていた。
ボソボソと看護婦さんから何かの説明を受けた母親は
おばあちゃんの枕元に寄り
「おじいちゃんの免許、持ってきたからね。
ちゃんと起きて…だめだよ…お母さん!」
すがりつくように、そう呼びかけた。
僕は母親がおばあちゃんのことを「お母さん」と呼ぶのを
たぶん初めて聞いた。

その晩は病室に泊まり込んで、おばあちゃんの容態を見守った。
途中、母親があんまりにもおばあちゃんに話しかけるから
「うるさいねっ!」
おばあちゃんがキレ、はっきりと怒鳴った。
おかげで皆が安堵し、僕なんかは起きていられなくなって
途中寝てしまい何の役にもたたなかったくらいだ。

その翌日からおばあちゃんの容態は少し安定したように見えた。

奈良に帰る日、飛行場に行く前に病室に寄った僕に
おばあちゃんはまた言った。
「がんばんな…」

おばあちゃんが「覚悟」をし母親もまた同じく「覚悟」をしたあの日から
結果的にはおばあちゃんもけっこう頑張ったんだと思う。
その時の覚悟、心の強さを僕はとても尊敬する。

タリカロはそんな経緯をもって始まった店。
いろんな人にお世話になり
いろんな人に支えてもらい
おばあちゃんとの約束
店長の手腕
たくさんのものが僕を後押ししてくれる。
だから頑張ろうと思う。

昼間、一人で過ごすことが多いだろう母親の心の励みにもなりたくて。

おわり。。。

料理人の手記 2

タリカロをオープンする2日前に、おばあちゃんが亡くなった。
その報告を僕は、タリカロの開店告知のチラシを配っている時に受けた。
何人かの人が、オープンを伸ばして
実家の札幌に一度戻ったらどうかと言ってくれた。

でも僕は戻らなかった。本当は少し迷ったのだけれど
母親からのメールが僕を後押ししてくれた。
「開店間近の大事な時期、ちゃんと頑張ってお店を開けなさい。
その方がおばあちゃんも喜ぶよ」と。
予定通り、タリカロは1月の26日にオープンした。


12月の初め頃、おばあちゃんが倒れて入院したと連絡を受けた時、
僕は食品衛生責任者の講習を受けている最中だった。

20の頃に札幌を後にして関西の大学に行き、
大阪のデザイナー専門学校に入り
それからそのまま大阪でデザイン会社に就職した。

その頃は長い休みの度に実家に戻ったりしていたのだけれど
その後ある事情でいろんな事が変わり、壊れ、形を変えていった結果として
社会的に不適格者みたいな生活を送ることになってからは
心苦しく顔向けできない気持もあって、僕は実家に帰らなくなり
連絡も途絶えがちになっていた。
定職に就くのが困難になって社会から隠れるように部屋に閉じこもった。



それがスパイスと出会い、ようやく自分の夢を見つけ、
でも、それが口先だけのことじゃないんだと
形にして見せることのできる段階までこぎつけなければ
やっぱり会いになんか行けない気がして
ただひたすら、南インド系の辛くて美味しいカレーを
独学で研究する日々を続けた。

そうするうちに母親は仕事を辞め、
おばあちゃんはちょっとづつ弱ってきてると
たまに届くメールを見るたび、気にはなったけれど
まだ会いには行けず。
だけど、自分達でお店を始められたら…
頑張っている自分を取り戻せたら…
その時は胸を張って報告に行けると思っていた、その矢先のことだった。
おばあちゃんが倒れたという報告。

タリカロ店長であり、奥さんである里香さんが
「明日、帰りなさい」と僕に強く言った。
その思いに僕は何かを感じ、翌日の飛行機で札幌に向かった。


僕が病室に入るとおばあちゃんはお母さんに食事の介助を受ていたが、
ひどく痩せこけていて、子供の頃力づくででも僕の好き嫌いを
直そうとしてくれたパワフルなおばあちゃんとは別人みたいに見えた。

ゆっくりな動きで僕を見つめ、それからオイオイと泣き崩れた。
僕が本当に何年かぶりかでおばあちゃんに抱きつき
耳元で「ごめんね」と言うと、大きくうなずいてくれた。

奈良で南インドのカレーを出すお店をするんだと報告すると
パーキンソン病の症状でうまくしゃべれないながらもこう言った。
「頑張りなさいよ。啓太郎が頑張っているのが、
おばあちゃんは一番嬉しいんだから」と。


それが、約束となった。


つづく。。。

料理人による 手記 1

小学校の頃、土曜日のお昼に学校が終わり家に帰ると、
両親が共働きの僕の家では母方のおじいちゃんとおばあちゃんが一緒に暮らし、
僕の帰るのを待っていてくれた。

母親の勤めていた会社は家から近かったから、
大抵の場合はお昼休みに家に戻った母親が手早くお昼ご飯を作ってくれたり、
近所のおそば屋さんから出前を取ってくれたのだけれど、たまに
「今日はお母さん、仕事が遅くなってお昼に戻れないんだって電話あったわ」
と、おばあちゃんが言い、
そそくさとお昼ご飯の準備をしてくれていることもあった。

おばあちゃんの作るご飯は、クリエイティブでオリジナリティに溢れ、
そして正直、あんまり美味しくはなかった。
スパゲティ・ナポリタンを
トマトケチャップではなく「ブルドックとんかつソース」で作った
「スパゲティ・謎リタン」(たった今、命名)をはじめ
にんじん、ピーマンなどの僕の嫌いな野菜をふんだんに使い
なぜか玉ねぎでご飯を炒めた、これもまた謎のオリジナルチャーハンなどを作っては
僕を苦しめたものだった。

特に一度なんかは、そのオリジナルチャーハンに
何かの動物のレバーが入っていたことがあり、
そのレバーくささと不味さのあまり、
飲み下した瞬間に胃液とともに口元まで
逆流してきたのだけれど
躾に厳しかったおばあちゃんは、僕がレバーやピーマンが嫌いなあまり
飲み込まずに口から出そうとしてると思ったらしくて、
僕の口をがっちりと押えて
「ちゃんと、飲み込みなさい!!」とすごい勢いで一喝するものだから
あまりの恐さで込み上げてきているゲ○をまた飲み込んでしまったこともあった。

不思議なことにおじいちゃんは、そんな苦行のような料理の数々を
平気な顔で黙々と食べていて、僕は何だかとても羨ましかった。
そのおじいちゃんも、僕が高校の頃に亡くなった。



一人っ子で内向的だった僕はよく、おじいちゃんに遊んでもらっていたし
「つかまえて舐めくりまわしてやるぞ」
などと言って僕を少し怯えさせるくらいに
おじいちゃんの方も僕を溺愛してくれていたので
その死は僕にとってとても大きな意味を持つものだったけれど、
36にもなってようやく理解できるようになったことがある。

その時、お母さんとおばあちゃんにとって、おじいちゃんが亡くなったことは
きっと僕以上に大きな意味と影響を持つできごとだったんだ、と。

つづく。。。
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プロフィール

tarikaro

Author:tarikaro
------タリカロ------
「對馬流 南インド系辛口料理店」
H22年1月26日 OPEN
奈良市椿井町30-3 〒630-8343
0742-24-1437 Pなし
定休:木曜日(ブログ等で確認お願いいたします) 
  ランチ11:30~14:00(Lo:13:50)
夜 18:00~20:30(Lo:20:00)ともに売り切れ次第終了デス。
    
ただの激辛ファンだった私、ただのひきこもりだった彼。。。
そんな二人が、カレーを通じて人生の転機を迎えました。
最初は、ただの激辛ブログだったのですが、今は、奈良で小さなカレー屋さんを開くことができ、お店のブログとなりました。

ちなみに書いているのは、私(女)店長です。
彼は、料理人。。。

で、ブログの原点は、「辛い物を食べると元気が出ませんかーーーーー!!お尻が痛くても、頑張って食べ歩くぞーーー!!!」でした(恥)。
今は、ビバ・カレーズ・ハイ↑!!ビバ・カレーデトックス!!

*南インドの一番からい料理を提供しております。お子様のご利用は、ご遠慮いただいております。ご理解くださいますようお願いいたします。

10月の営業日のお知らせ
【お休みのお知らせ】定休日:木曜日。3日は、マトン解体のためお休みします。バータリカロ、現在店長の体調不良のためお休みしております。リアルタイムなお知らせは、現在ツイッター「tarokarotencho」←(たろかろ店長)・フェイスブックhttp://www.facebook.com/tairkaro.curry?ref=hlで毎日更新中デス。がんばりますのでよろしくお願いいたします。
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